大判例

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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7394号 判決

原告 小池正

右訴訟代理人弁護士 安達幸衛

同 高木善種

同 佐々木敏行

被告 遠山証券株式会社

右代表者代表取締役 古川要

右訴訟代理人弁護士 円山田作

同 紺野稔

同 円山雅也

同 原隆男

被告 ピルマン製造株式会社

右代表者代表取締役 植垣弥一郎

右訴訟代理人弁護士 藤井喜代松

被告 村山勇

同 祖父江幸男

右被告両名訴訟代理人弁護士 松浦登志雄

被告 武田研一

主文

被告遠山証券株式会社は原告に対し金八四万円を支払え。

被告ピルマン製造株式会社は原告に対し金八四万円を支払え。

被告村山勇、被告祖父江幸男は各自原告に対し金一二六万円を支払え。

被告武田研一は原告に対し金二八万円を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

この判決は、かりに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一ないし第四項と同趣旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は、昭和三八年三月八日共栄興業株式会社に対し、金三〇〇万円を、弁済期同年七月三一日、利息は年一割五分で毎月末日払、期限後の損害金は年三割の約で貸付けた。

二、株式会社小川ビルヂングは、昭和三八年三月八日、原告の右共栄興業株式会社に対する右貸金債権を担保するため、その所有に属する東京都渋谷区恵比寿西一丁目八番地の六所在家屋番号同町八番の一七、鉄筋コンクリート造陸屋根屋付四階建店舗兼事務所一棟、建坪四三坪四合七勺、二、三、四、階各三九坪四合七勺、建坪四坪六合四勺(以下本件ビルヂングという)のうち、

(1)  貸室二階一六坪三合の部分に関する賃借人被告遠山証券株式会社との間の、昭和三六年一二月一五日の賃貸借契約にもとづく一ヶ月金六万円、毎月一日にその月分を支払う約なる賃料債権、(2)貸室二階一六坪三合の部分に関する賃借人被告ピルマン製造株式会社との間の、昭和三六年一一月二九日の賃貸借契約にもとづく一ヶ月金六万円、毎月一日にその月分を支払う約なる賃料債権、(3)貸室四階三二坪五合の部分に関する共同賃借人被告村山勇、同祖父江幸男との間の賃貸借契約にもとづく一ヶ月金九万円、毎月一日にその月分を支払う約を賃料債権、(4)貸室三階五坪五合の部分に関する被告武田研一との間の賃貸借契約にもとづく一ヶ月金二万円、毎月一日にその月分を支払う約なる賃料債権について原告のため質権を設定する旨の契約をなし、昭和三八年一〇月二日被告らに対し、それぞれ内容証明郵便で原告のため右質権を設定した旨を通知し、右通知は、武田研一を除くその余の被告らには同年同月三日に、被告武田研一には同年同月一〇日にそれぞれ到達した。

三、よって原告は右質権により、右各賃貸借契約にもとづく昭和三九年三月一日から昭和四〇年四月末日までの各賃料として、被告遠山証券株式会社に対しては金八四万円、同ピルマン製造株式会社に対しては金八四万円、同村山勇、同祖父江幸男に対しては各自金一二六万円、同武田研一に対しては金二八万円の支払を求め、本訴に及んだ。と述べ、

被告武田研一を除くその余の被告らがそれぞれの主張の弁済供託をしたことはいずれも認める。また本件ビルヂングについて被告村山勇、同祖父江幸男主張のような所有権移転仮登記及び右仮登記の権利移転の登記がなされたことも争わない。しかし、右弁済供託は原告が権利者である明瞭な事実を無視したもので、過失なくして債権者を確知できない場合には該当せずいずれも無効であると述べた。

被告武田研一を除く被告ら訴訟代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、被告遠山証券株式会社訴訟代理人は請求原因事実に対する答弁として、

請求原因第一項は、不知、同第二項中被告遠山証券株式会社が株式会社小川ビルヂングから原告主張の貸室を昭和三六年一二月一五日賃料一ヶ月金六万円、毎月一日にその月分を支払う約定で賃借したこと、株式会社小川ビルヂングが昭和三八年一〇月二日、内容証明郵便で同被告に対し、原告主張の如き質権設定通知をなし、該通知が原告主張の日に同被告に到達したことは認めるが、原告主張のごとき質権設定契約がなされたことは、不知と述べ、

抗弁として、被告遠山証券株式会社は昭和三六年一二月一五日原告主張の貸室を株式会社小川ビルヂングより賃借したところ、昭和三八年一〇月株式会社小川ビルヂングより前記の質権設定通知があった。そこで同被告は株式会社小川ビルヂングの社長小川源太郎及び原告と話合の結果、同年一一月分以降の賃料は、原告と株式会社小川ビルヂングの両名が取立てることになり、同被告は右小川源太郎の室で同人に渡し、同人が原告に渡すという方法で支払ってきたが、東京医薬品株式会社より昭和三九年二月一四日付書面をもって同被告に対し、東京医薬品株式会社が、同年同月六日代物弁済契約により本件ビルヂングの所有権を取得したので、同日以後の賃料は同会社がその権利者であるから同会社に支払えとの通告があったので、内田総務課長を問合わせに出向かせたところ、東京医薬品株式会社は株式会社小川ビルヂングより代物弁済の同意を得、他の抵当権者からも短期間内に承諾の判決が得られるので、万一同会社に賃料を支払わないときは後日債務不履行として賃貸借契約を解除する用意がある旨の説明があり、一方原告からも同年三月一二日付書面をもって東京医薬品株式会社は本件ビルヂングについて所有権移転登記を経由しておらず、仮登記のままであるから賃料受領権限がなく、同会社から被告遠山証券株式会社に対して発した右通告の撤回を申し入れてあるので、引続き原告に賃料を支払うようにとの通知があったので、さらに株式会社小川ビルヂングに問合わせると同会社としては如何ともし難く、目下原告と東京医薬品株式会社と交渉中であるといい、昭和三九年三月分以降の賃料の取立もなく、交付しようとしても待ってくれ、供託しておいてくれというばかりで、以上の如く原告、東京医薬品株式会社株式会社小川ビルヂング各々の主張が異り、代物弁済予約の仮登記の効力と賃料債権質の関係についても判断がつかず、過失なくして債権者を確知できないため、被告遠山証券株式会社は、昭和三三年三月一日から昭和四〇年四月末日までの賃料として合計金八四万円を、原告、東京医薬品株式会社および株式会社小川ビルヂングを被供託者として、東京法務局にそれぞれ別紙供託年月日表の同被告欄記載のように弁済供託したので、右賃料債務は消滅した。よって原告の本訴請求は失当である。と述べ、

被告ピルマン製造株式会社訴訟代理人は、請求原因事実に対する答弁として、

請求原因第一項は不知、同第二項中、被告ピルマン製造株式会社小川ビルヂングより昭和三六年一一月二九日原告主張の貸室を賃料一ヶ月金六万円、毎月一日にその月分を支払う約定で賃借したこと、株式会社小川ビルヂングが昭和三八年一〇月二日内容証明郵便で同被告に対し原告主張の如き質権設定通知をなし、該通知が原告主張の日に同被告に到達したことは認めるが、原告主張の如き質権設定契約がなされたことは不知と述べ、

抗弁として東京医薬品株式会社より昭和三九年二月一三日付書面をもって被告ピルマン製造株式会社に対し、東京医薬品株式会社は同年同月六日、代物弁済契約により本件ビルヂングの所有権を取得したので、同日以後の賃料は同会社に支払うべく、もし株式会社小川ビルヂングに支払うと将来二重払をしなければならなくなる旨の通告があったので過失なくして債権者を確知できなかった被告ピルマン製造株式会社は、同年三月一日から昭和四〇年四月末日までの賃料として合計金八四万円を、原告、東京医薬品株式会社および株式会社小川ビルヂングを被供託者として、東京法務局に、それぞれ別紙供託年月日表の同被告欄記載のように弁済供託したので、右賃料債務は消滅した。よって原告の本訴請求は失当である。と述べ、

被告村山勇、同祖父江幸男両名訴訟代理人は、請求原因事実に対する答弁として、

被告村山勇、同祖父江幸男が共同賃借人として、株式会社小川ビルヂングから原告主張の貸室を賃料一ヶ月金九万円、毎月一日にその月分を支払う約定で賃借したこと、右賃料については、右被告ら各自にその全額の責任があること、株式会社小川ビルヂングが昭和三八年一〇月二日内容証明郵便で同被告らに対し原告主張の如き質権設定通知をなし、該通知が原告主張の日に同被告らに到達したことは認めるが、原告主張の如き質権設定契約がなされたことは不知と述べ、

抗弁として右被告らは、右質権設定通知後は、原告及び株式会社小川ビルヂングの両名が取立てにくる都度、右貸室の賃料を支払っていたが、本件ビルヂングについては、昭和三七年四月三日に、株式会社小川ビルヂングとの間の同年同月二日停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転仮登記が宮崎貿易株式会社のためなされ、昭和三十八年一一月一日東京医薬品株式会社のため、同年一〇月三〇日譲渡を原因とする右仮登記の停止条件付所有権移転の登記がなされていたところ、同会社より昭和三九年二月一三日付書面をもって、右被告らに対し、同会社は同年同月六日代物弁済契約により本件ビルヂングの所有権を取得したので、同日以後の賃料は同会社に支払うようにとの通知があったが、一方原告からも同年三月一二日付書面をもって、右被告らに対し原告は同会社に対し、同会社が右被告らに対して発した右通知の撤回を申し入れてあり、自己が権利者であるから、引続き原告に賃料を支払うべき旨の通知がなされてきた。しかし右被告らへの賃料取立は当時全くなく、株式会社小川ビルヂングは目下原告と東京医薬品株式会社と交渉しているから待ってくれといい、右被告らが賃料を株式会社小川ビルヂングに渡しても話がつくまで待ってくれと返してきたり、結局は供託してくれというにいたった。かかる次第で右被告らとしてはいずれが債権者であるかを確知できなかったので、昭和三九年三月一日から昭和四〇年三月末日までの賃料として合計金一一七万円を、原告、東京医薬品株式会社および株式会社小川ビルヂングを被供託者として、東京法務局に、それぞれ別紙供託年月日表の右被告ら欄記載のように弁済供託したのであり、これにつき右被告らに過失がない(前記事実及び仮登記の効力、ことに仮登記にもとづく本登記がなされたときの遡及効について見解がわかれ、複雑多岐の組織があることをあわせ考慮すると右被告らが質権の効力とともに、真の債権者を確知し得ないと考えたことは当然である)から右供託は有効にして、これにより右賃料債務は消滅した。よって原告の本訴請求は失当である。と述べた。

被告武田研一は、適式の呼出を受けたにもかかわらず、本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面を提出しない。

証拠≪省略≫

理由

一、(一) まづ被告武田研一は原告主張の請求原因事実を自白したものとみなすべきである。

(二) 次にその余の被告らについては、被告遠山証券株式会社が株式会社小川ビルヂングから原告主張の貸室を昭和三六年一二月一五日、賃料一ヶ月金六万円、毎月一日にその月分を支払う約定で賃借したこと、株式会社小川ビルヂングが昭和三八年一〇月二日同被告に対し、内容証明郵便で、原告主張のような質権設定通知をなし、該通知が同年同月三日同被告に到達したことは同被告の認めるところであり、被告ピルマン製造株式会社が株式会社小川ビルヂングから原告主張の貸室を昭和三六年一一月二九日賃料一ヶ月金六万円、毎月一日にその月分を支払う約定で賃借したこと、株式会社小川ビルヂングが昭和三八年一〇月二日内容証明郵便で、同被告に対し原告主張のような質権設定通知をなし、該通知が同年同月三日同被告に到達したことは同被告の認めるところであり、また被告村山勇、同祖父江幸男が共同賃借人として株式会社小川ビルヂングから原告主張の貸室を賃料一ヶ月金九万円、毎月一日にその月分を支払う約定で賃借したこと、右賃料については同被告ら各自にその全額の責任があること、株式会社小川ビルヂングが昭和三八年一〇月二日内容証明郵便で、同被告らに対し原告主張のような質権設定通知をなし、該通知が同年同月三日同被告らに到達したことは同被告らの認めるところである。しかして≪証拠省略≫によれば、原告が昭和三八年三月八日共栄興業株式会社に対し金三〇〇万円を原告主張のような約定で貸付け、その頃株式会社小川ビルヂングが、原告の右共栄興業株式会社に対する貸金債権を担保するため、前記各賃貸借契約にもとづく賃料債権について原告のため質権を設定する旨の契約をなしたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) そうすると本件ビルヂングについて、昭和三七年四月三日宮崎貿易株式会社のため、株式会社小川ビルヂングとの間の同年同月二日付停止条件付代物弁済契約を原因とする所有権移転仮登記がなされ、さらに昭和三八年一一月一日東京医薬品株式会社のため、同年一〇月三〇日譲渡を原因とする右仮登記の停止条件付所有権移転の登記がなされていることは原告の認めるところであるけれども、右の仮登記の本登記がなされるか否かはなお将来のことに属し、右の仮登記のままでは、なんら東京医薬品株式会社において前記原告の質権の存在を否認し得べき理なく、原告は他に特段の事由がない限り、少くとも昭和三八年一一月分以降の賃料について、質権者として、直接被告らよりその取立をすることができることは当然といわねばならない。

二、しかるところ被告武田研一を除くその余の被告らにつき、右被告らが、それぞれ原告、東京医薬品株式会社及び株式会社小川ビルヂングを被供託者として東京法務局にその各主張の如き賃料の弁済供託したことは原告の認めて争わないところであり、≪証拠省略≫によると、昭和三九年二月中旬にいたり、東京医薬品株式会社より、書面をもって右被告らに対し、同会社が同年同月六日をもって代物弁済契約により本件ビルヂングの所有権を取得したので、同日以降の賃料は同会社に支払うべく、もし株式会社小川ビルヂングの方へ支払をすると将来二重支払をしなければならないことになる等の通告がそれぞれなされ、その後被告遠山証券株式会社においては内田亮二が問合せに出向いたところ、さらに東京医薬品株式会社が本件ビルヂングの所有権を取得したことは事実相違なく、これに関する訴訟も近々勝訴となるべく、もし賃料を同会社に支払わないときは、貸室の明渡を求める考えがある旨の証明を受けたこと、一方かかる事実に処して株式会社小川ビルヂングからは右被告らに対し、明確な指示や説明はなんらなかったことが認められるけれども、前記の仮登記のままでは、なんら東京医薬品株式会社において原告の質権の存在を否認し得べき理なく、他に特段の事由がない限り、賃料取立受領の権限を有するものは原告を措いて他にないこと前記の如くである。もっとも右仮登記については将来その本登記がなされることがあり得ることは当然であり、右本登記がなされたときは、本登記がなされた時点以前に遡って、仮登記の順位により東京医薬品株式会社において本件ビルヂングの所有権取得及びこれに伴う賃貸人たるの他位の承継を主張することができこれに牴触する範囲においては原告の質権が否定されるというように考えられないこともないと思われるが、かかる考えに従うとしても、この場合少なくとも本登記以前に既に具体化した賃料について本登記前に右被告らにおいて質権者たる原告にその支払をしたときは、該賃料債権は消滅し、その後東京医薬品株式会社において本登記を経由しても、同会社は右被告らに対して原告の質権を否認して原告に対する支払を無効とすることはできないと解するのが自然であって、かかる場合同会社が、原告に対しその質権を否認し、原告において受領した賃料の返還を求めるが如きはともかくとして、同会社が右被告らに対し直接また支払を求め得るというようなことは、仮登記に甚だしく過大な効力を与えるものにして、到底認められるべくもないといわねばならない。してみると前記弁済供託をするについて、右被告らは過失なくして債権者を確知することができなかったものとはたやすくいい難いのであり、その他右被告らの全立証によっても、これを認めるに足りないとせざるを得ない。

三、しからば前記各賃貸借契約にもとづく昭和三九年三月一日から昭和四〇年四月末日までの各賃料として、被告遠山証券株式会社は原告に対し金八四万円、被告ピルマン製造株式会社は原告に対し金八四万円、被告村山勇、被告祖父江幸男は各自原告に対し金一二六万円、被告武田研一は原告に対し金二八万円を支払うべき義務があり、従って原告の本訴請求はすべて理由があるのでこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 園田治)

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